Laboratory of Scarlet

メモと所感と技術記事

IVRC参加記

これは 2016-09-13~16 sh4869 - 日報 の一部を取り出したものです.

「リアルはリアリティがあるとは限らない」

これはVR学会の特別講演でいらっしゃっていた特撮監督の樋口さんの話で出てきたことでもある。内容に関してはシン・ゴジラのネタバレになるのであんまり話せないんだけど、講演の中ですごく興味深いことや考えていたこととリンクすることがあった。

たとえ現実のことであろうとしても現実感のないことというのはあって、災害の映像は実際に起きていることだけれどあまりにも自分の知っている現実とは離れていて、自分の知っている「現実」から基準として生まれる「現実感」を持たないということがある。VRコンテンツ・体験において大切なのはどちらなのかということに関して、たとえ「現実」でないにしろ「現実感」があるとそのコンテンツに違和感なく楽しめるという点は考えていくと面白いなぁと思った。

これとはちょっとだけ話は違うんだけど、僕はこういう話になるときにいつもハリー・ポッターシリーズのことを考えていて、ハリー・ポッターシリーズがどうしてあそこまで人気が出たのかというと、魔法使いがいたときの「現実感」というのを作品の中で上手く表現できているからじゃないかと思う。もちろんハリー・ポッターは現実ではないけれど、あの作品は現実感には溢れているという考えができるのではないかと思っている。

UIとか、ストーリーとか

どこに目標を持っていくかをまず考えないといけないんだけど、もしある目標となる体験があるとしたら、それに誘導するためのストーリーを構築しないといけないんだなぁということを今回すごく感じていて、ここでのストーリーというのはディズニーランドにおける待ち時間で見れる工夫のような意味合いをさす。つまりああいった世界に僕達が入り込めるのはその前の待ち時間で丁寧に作られた誘導があるからじゃないか、というのは今回の発表を通じて強く感じていて、あのようなストーリーをどう製作の中に持ち込むか、というところも考えていくとよいVR体験が作れるのではないかと思う。

管理とか

管理ツールを導入すれば自動的に管理ができるわけじゃないというのは痛感している。当たり前のことではなるんだけど、どうしてもマネジメントというのは難しくて、ツールのような何かを導入すればなんとか解決するのではと思っている部分はあるよなぁと感じた。難しい。マネジメント難しすぎでは……?

コミュニケーションツールをサークルに導入してみて

これはコミュニケーションAdventCalendar17日目の記事です。

はじめに

sh4869.hatenablog.com

この記事の続きのような形で書きます。

現状

Slackを導入してから一月ほどたちました。昔から利用していたLINEのグループも依然としてうごいており、Slackと両立しているという感じです。

Slackの稼働はこんな感じ。

f:id:sh4869:20161217111556p:plain

チャットベースで行われる話し合いは基本的にSlackでする傾向があるように思われます。DMのやり取りも多く、本を勧め合うチャンネルとかもあります。

Slackを導入してみて思ったことなど

Slackのインターフェースは非プログラマにはわかりづらい

最初サークルに参加している人(50名程)をSlackに登録させるときにわりと多くの問題が発生しました。

わりと詰まっていた点が多かったのであげて行きます。

  • アカウント登録が結構面倒
    • そもそも英語での画面しかないのでその時点でかなりの人が引いてしまっていた印象
      • プログラマになら「英語ぐらい読めよ」といえるけど、*1うちのサークルにはCGやDTMをやる人もいて、そういう人たちにはわりとつらいっぽい
    • ユーザー名という概念がそこまで浸透していない?
      • ユーザー名に日本語を登録しようとして詰まってる人を見かけた
  • そもそもなにをすればいいのかわかりづらい
    • 操作がプログラマ特有の暗黙知に支えられすぎている
      • 例:プログラマ(というかいろいろなソフトウェアをよく触る人)は最初の画面を見れば一発でどう投稿できるかわかるけど、以外とそうでない人も多い
      • 例:諸々の概念を説明するのが難しい
    • なにが許されているのかもわかりづらい(そもそも発言していいのかすらわからない)

人数が多いこともあって、メンバー全員が疑問に思ったことを投げられる余裕があるわけではないというのは大きいかもしれません。今までSlackを導入してきた団体は多くて10人ほどでしたし、それぞれ操作でわからないところがあればすっと対応できました。人数が多くなると個人個人に教えるということができないため、わからないところがある人をこちらから見つけて救済というのができないのでわからない人はわからないままになってしまうのが問題です。

すこしコミュニケーションの話題からずれてしまうかもしれませんが、全員がプログラマみたいな団体でない限りこういうったツールを導入するときはある程度気をつけたほうがいいのではないかと思っていて、メンバーが利用できるようになるまである程度気を使ってあげられないとなかなか実用するには厳しいのではないかと感じるときがあります。「どうしてそのツールを導入したいのか」という話はどこにしろちゃんとしないといけないし、そのツールを使うことによって得られる時間とそのツールを導入することによるコストをちゃんと見極められないとつらいことになりそうだなぁという感覚です。

コミュニケーションはある程度増える

ある程度チャンネルを増やすことで、個々のコミュニケーションは増えたなぁと感じます。LINEと違って真面目な話をするチャンネル(#general等)と雑談をするチャンネル(#random等)が出来たので、話をしやすくなった∧ログが流れなくなったというのは強い。ある程度技術系の団体ではあるので情報共有が行いやすくなったのは良点だったと思います。

Slackという場があれば勝手に話が進んでいく・新たにやりたいことがあったらSlackで投げるみたいな流れが出来ているのは良かったなぁと思います。技術的に交流がなかった人との交流もいくつか発生しているようで、コミュニケーションを取りやすくなったような感覚はあります。

無理に完全移行しない方が吉

LINEのグループをやめてSlackに無理矢理移行しようかと考えたこともあったのですが、結局どちらも両立して使っています。勢いに任せて完全移行してしまうよりは、二つとも併用して見るほうが安全かつ楽なので。Slackの方を見ればすべての情報がわかるようにしておけば概ね問題ないと思います。

おわりに

  • Slackを導入する時はサポートをある程度すること・導入コストを考えることが必要
  • インターフェースの難点を超えてしまえばある程度交流は生まれる
  • LINEなどのコミュニケーションツールも併用していくのも手

*1:先程引っ張ってきた記事に書いてある通り

GRAPEVINEについて

これはロックバンドAdventCalendarの記事です.遅れてしまい本当に申し訳ない.


さて今回はGRAPEVINEについて話をしていきたい.

www.grapevineonline.jp

ロックが好きな人なら一度は名前を聞いたことがあるんじゃないだろうかと思う.結構長い活動のバンドで,1993年に結成してる.今はボーカル・ギターの田中和将、ギターの西川弘剛、ドラムスの亀井亨の三人で結成されている.西原誠さんというベーシストがリーダーをやっていたんだけど,病気の関係で2002年に脱退している.

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LaTeXのlstlistingで$を表示する

lstlistingで$マークをそのまま表示することは不可能なので、ちょっと工夫する必要がある。

\begin{lstlisting}
$\mbox{\textdollar}$
\end{lstlisting}

参考

tex - latex - escape dollar sign inside lstlisting with [mathescape] - Stack Overflow

社会性フィルターについて - わかられない自由について

このツイートがバズってから随分経った.このツイート自体が伸びることに関しては問題がなくて*1,それよりも「社会性フィルター」という言葉がバズってしまったことが時々僕を後悔のラウンドに立たせることがある*2

 このツイートがバズる前から「にゃーん」というツイートをタイムラインで見かけることがあった.それに果たしてどのような意味があるのかは僕にはわからなかったが,わからないから良かったのではないかと,そう思うことがある.つまりそれは「にゃーん」の裏側にある感情や個々人の事情の存在があやふやであるが故にぼくらはその「にゃーん」の持つ意味を受け取らずに済んでいたのだと思う.

 本当につらいことがあったのかもしれない.なんとも言えない事情が後ろにあったのかもしれない.ただ猫になりたいと思っていたのかもしれない.本当は「荷物がとどかない」とツイートしようとしたがIMEがたまたま「にゃーん」をサジェストしてきたのでそれを呟いただけだったのかもしれない.つまりその本当の意味は本人しかわからず,意味を持つかどうかさえ本人にしかわからなかったのだ.

 しかし今はどうだろうか.僕のツイートにより『「にゃーん」は「社会性フィルター」を通して呟かれるもの』という前提が作られてしまい,その本来の意味こそわからないものの,意味を持つということが決まってしまったのだ.これは大きな過ちだったのではないかと,私は思う*3

 つらいことがあったかどうかもぼやけさせたい時というのはある.つらいと言っていいのかわからないときもある.なんとも言えない感情に襲われることだってある.それを暖かく包んでくれた「にゃーん」は,唐突に理解のフィールドに押し上げられて「わかる」ものになってしまったのだ.本人がわかられたいかどうかに関わらず.理解とはときに暴力的であるということを,私は理解できていなかったのだ.カテゴライズされる苦しみが,確かにそこにはあるのだろう*4

 私は強く後悔している*5.ここに意味を持つことを望まなかった数々の「にゃーん」に哀悼の意を示し,もっと「語られぬ意思」が語られない権利を大切にしていきたいと思う.

*1:通知が邪魔だが,

*2:ない

*3:思ってない

*4:ほんとかよ

*5:してない