Retired Colourman

様々なこと

「代替可能な何者か」の先に

これは2017年を振り返るエントリーです.少しタイトルは変えてあります.

2017年は消耗の年でした.はっきり言ってそれ以上でもそれ以下でもないのですが,どうして消耗したのか,なぜそう思うのか,これからどうやってやっていくのかなどを真剣に考えることには一定の価値があると思うので書いていきたいと思います.


2017年僕のTwitter等を見てくださっていた方は,私がいまいち何をやっているのかわかっていなかったと思います.実際に,みなさんにお見せすることのできる成果はほとんどありませんでした. TechBooster の記事ぐらいですかね.

techbooster.booth.pm

では何もせず怠惰な生活を送っていたかというと,そういったわけではないことはご理解いただきたいです.例えば GitHub の Contribution を見てみるとそこそこ真面目に活動していたことがわかると思います*1*2

https://gyazo.com/e1367961fd40b8afab92942a95426b5e

つまり簡単に言ってしまえば「 成果にならないようなことに時間を割いていた 」ということになります.厳しいですね.

では具体的に何をやっていたのかというと,前半は部活のタスク,後半はマイクロマウスと言った感じでした.マイクロマウスの方はすべての大会でリタイアというなかなかに悲惨な結果となっています.なぜ成果が出せなかったかということを書くと,これは完全に恨み節になるということがわかっていますのでそれは避けて,なぜ「消耗」なのかということを書きたいと思います.


今年一年間いろいろな場所でプログラムを書いていて,自分がプログラマとしてどうにかやっていける側の人間になったことにある種の確信を持つことができました.もちろんまだ未熟な面も多くあり,身につけなければいけない技能も多くありますが,それはそれとして生きていける人間になれたことがわかっていました.つまり「代替可能な何者か」にはなれたということです*3

代替可能な人間は果たしてどのように行動していくべきか,という問は難しいものがあると思います.ある程度どうにかやれば生きていけるのだから,もうそのまま歩みを止めてしまうという選択も十分にありです.一方で,自らどこかに進みたい道があるのであれば,当然そのための行動は必要となります.

僕の場合は後者でした.少なくともあと2,3年かけて研究したいテーマもありますし,プログラマとしての能力の向上はもちろんのこと,今年一年間やってきて感じたプログラミング教育の難しさをいかにして改善するかなどのことも考えていきたいと思っています.

scrapbox.io

つまり「代替可能な何者か」である現状から,さらにその先に向かう必要があるということです.当然何者かになれるための行動とはまた違った行動が求められてくるわけです.そこで,「消耗」というワードが出てきます.自分が何をしたいのかということに対して正しい教材*4を選択し,学習し,その理解をフィードバックして次の教材を選択するということを行っていく必要があります.それができない教材の選択や学習は 消耗 となるわけです.得るものはあるかもしれないが,それが役に立つとは限らない,ということです.

「得るものがあった」といって失敗を無条件に肯定し続けるわけにはいかないのだということです.行動をしてその結果をみて学習することならだれでもできます.何かの行動のたびに得るものがあるのは当たり前のことです.あまり他人を馬鹿にしたくはないですが,「勉強になった」って感想もアホらしいもんだと思います.何が「どんなことでも得るものがある」じゃ.そんなこと誰でもわかるわ.一生道端の草から人生に大切なものでも読み取ってろ*5.本当は得るものがあることではなく,得たものでその行動の価値を図るべきなのです.

そういった意味で,今年の一年間は消耗の一年でした.行動を選択するときに,自分が正しく成長するための方法を選択することができず,結果として今までの知識の範囲からほとんどずれないようなことばかり行っていました.時間の浪費でしかないのです.唯一自分の身になると感じたマイクロマウスの制御は,様々な事情により正しい学習としての範疇にはいらずにただただ自分を消費させるだけのものになってしまいました.これが今年一番の後悔です*6

消耗がもたらすものは寿命の浪費です.正直長く生きることにあまり興味はありませんが,当然自分がやるべきことを考えて無駄な日々を過ごし続けるわけにはいきません.一日くだらないことをして潰した時間はあとからでも取り戻すことができると思いますが,三ヶ月間消耗し続けた時間を取り返すことはなかなか難しい.また消耗をしているという自覚はかなり体を蝕むため,その回復にも時間がかかります*7

今年一年は「消耗したくない」と言い続けながら消耗し続けた一年でした.正直本当につらかったです.ここまで今年僕がどうして消耗したのかが書いていないので何が言いたいのかよくわからない方もいるとは思いますが,諸事情によりそこはオフライン情報にします*8


現実として今の僕の周りにあるものから今まで通り教材を選択すると,そこには僕が消耗するだけのことが多いということは,やはり真剣に考える必要があると思いました.「代替可能な何者か」の先を目指すためには,今までの自分の評価システムや生存戦略を変えて行く必要があります.来年の前半の目標はどのようにして成長をしていくための環境を作るのかを考えるということ,後半の目標はその環境で実際に自身のやりたい研究や学習を行っていくことです.

果たして自分がどこで成長すべきなのか真剣に考える必要があるということを嫌というほど思い知らされた年でした.来年はもうちょっと胸を張って一年の成果を出せる年になるといいなと思っています.

*1:画像は2017/12/25現在のものです

*2:ちなみに日記を Gitで管理していたのがあるので実際の Contribution は 900 ぐらいだと思います

*3:話がそれますが,僕がアニメ作品「輪るピングドラム」を見た高校二年生のとき,様々な身の回りの出来事により初めて「何者にもなれない」という恐怖を抱えていました.それがあの作品の「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」というフレーズにより正しく言語化されたときは衝撃を受けたものです.しかし,彼らの救われ方と僕が「何者か」になった方法の差異に今では少し悲しくなったりします

*4:ここではあえて教材という言葉を選択しました

*5:これは特定個人をさしたりはしてないです.本当です.嘘じゃないです.

*6:もちろん自分のためになるようなこともたくさんありましたが

*7:一番消耗していたときは本当にひどくて,ひたすら ntddkさんのブログを読んだり炎上しているはてなブックマークエントリーを読んで心を安定させたりしてました.意味不明すぎる.

*8:知りたい方は適当にご飯にでも誘ってくださいという意味です.